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さばスポ ゴールデンエイジ

[ さばスポハンドボールスクール ]

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今月2度目のさばスポアスリート派遣事業でした。

福井Jr.のみんなとハンドボールをやってきたで。

今回は高学年男女が対象でした。

マネマネアップをして、リアクショントレーニングをして、コーン&ラダーを使ってのランパス&DFドリルをして、3人一組ボール2球でのランパスをして、ゲームでした。

ホンマにやっている間にどんどん上手になっていきます。

最初は悪戦苦闘しても、自分達でコツをつかむ子もいれば、ちょっとしたヒントで工夫できたり、僕が動いて魅せたのを目で見てイメージして自分に置き換えたり。

人それぞれですが、ホンマにたった数回、たった数分でぐんぐんうまくなります。(もちろん個人差はありますが)

これぞゴールデンエイジですな。



福井大学医学部コーチ

[ ハンドボールスクール福井大学医学部コーチ ]

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昨日、福井大学医学部のコーチに行ってきました。新チーム一発目のコーチです。

夏の西医体で初の決勝戦に駒を進めた福井大学医学部、決勝戦では京都府立医科大学にコテンパンに叩きのめされて準優勝でした。

予選リーグから1点差の試合、大逆転の試合の連続でした。「おめでとう&残念やったな。」この感想が正直なところです。

1ヶ月程のオフを挟んで、9月末から新チームの練習がスタートしました。

この写真のように、月に何度かは僕らがトレーニングをしている隣のコートで福井大学医学部のみんなも頑張っています。(奥に小さく写っているのが僕たちです。)

自分の練習をしながら、「おお、いよいよ新チームスタートしたかぁ。」と思っていました。

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事前に前キャプテンのよしきと、新キャプテンのけんたろうが練習計画の確認に来てくれました。

「準優勝がたまたまだと言われないように、また今季も決勝の舞台に立って今度こそ優勝したいと思います。」

「今季が本当の意味で僕たちにとって勝負の年です。」

ほんまにその通りだと思います。

昨日は、原点に立ち返ってDFの基本練習を繰り返しました。

目の前のシューターにしっかり利き腕側から接触できるように、抜かす方向を限定して守れるように、ポストのいる2対2の処理などなど。

11月の関西医歯薬秋季リーグ戦に向けて頑張って欲しいね。



【第5回】左腕坊主インタビュー(全7回)

[ インタビュー ]
絶対に諦めずに2年間はリハビリ続けよう
それで無理やったら、もうスパッとやめよう。
ケガされてから、手術されるまでにどれぐらい期間がありましたか?
2ヵ月半ぐらいですかね。1回目の手術の時は、患部を切開してはみたものの、グチャグチャ過ぎて何も出来なかったみたいで、悪い血液とかを抜いただけ。腫れがひくのを待って、2ヵ月半ぐらいしてからですね。
手術した結果はどうなりましたか?
手術自体は、靱帯がちゃんとつながって、うまくいったみたいな話をされたんですけど、どこの靱帯をつなげたとかも、正直分からないんですよね。手術終わったらケガをした左足だけではなくて、右足もグルグルに包帯巻いてあったんですよ。

事前の説明では、全身麻酔をするから承諾してサインしてね、みたいな説明をされて、それは分かったってサインはしたんですけど。右足どうのこうのっていうのを、全然理解できてなくて。「なんで左足をケガしたのに、右足?」って言ったら、両膝裏の腱を取って、前十字と後十字靭帯に移植したと。

膝の中の骨を削って、穴を開けて、トンネル掘って、ボルトでつないで、前十字と後十字を再建しました。でも、不安じゃないですか、日本に帰ってもう一回手術したいって言ったら、「でも手術は成功してると思う」って言われました。

当時は向こうでちゃんとしたリハビリをさせてもらってなかったから、半信半疑やったんですけど、日本に帰って来て診てもらったら「ドイツの先生はゴッドハンドや。むちゃくちゃうまい」って言われました。

後遺症などありますか?
膝自体の慢性的な痛みとかはありません。一時期は太腿裏の肉離れに悩まされました。両膝裏の腱を1度取ってる、言ってみれば組織を人工的に壊してるわけじゃないですか。しょっちゅう「今のやばい」ってのはありました。あと今でこそ慣れてきましたけど、左足自体が思うように動かせませんでした。例えるなら利き手の反対で字を書いたり、箸を持っている感覚に近いっていうか、そういうしっくりこない感じはずっとありました。
手術後は、この後どうするか考えていましたか?
ハンド競技に復帰するために、絶対に諦めずに2年間はリハビリ続けようと。それ以上やって無理やったら、もうスパッとやめようというのだけ、締め切りを決めましたね。

いきなり決めたわけじゃないですけど。でも、あまりにもう……リハビリし出して、自分の足の指も動かせなかったりとか、「歩けるのかな?」くらいのひどさだったんで。だから、とにかく2年間って決めて、リハビリしてましたね。

2年間というのは、何がその基準だったのですか?
いや、別に科学的根拠はまったくないですね。やっぱりそのとき、30歳でけがしたんで、現実的にハンドできなくなったとしても、人としては生きていかなあかんわけじゃないですか。そう考えたらやっぱり、次に何するかが大きな岐路にはなるじゃないですか。だから、なんとなく32、3歳で、もう引退をするならそこぐらいで何か次のことも……まあハンドのコーチしたりとか、一生関わっていくとは思うんですけど、無理やった場合はもうそこぐらいかなという考えです。
その2年間はどうされたのですか?
ドイツのチームの契約を解除されて、大西貴幸トレ―ナ―のもとでリハビリしてました。大西さんには「まず人の足に戻しましょう」と言われましたね。完全につま先が外向いていたし、骨盤も変形してましたから。だから、とにかくつま先をまっすぐ出せて、膝もまっすぐ出せる歩き方をまず絶対にできるようにしようと。

それとあわせて、筋力をまず戻していきましょう、そしてアライメントって言うんですけど、膝の動きや筋肉を正しく調整するために足の指でタオルで掴んだりとか、スクワットしたりだとか、ゴム引っかけてこうやって動かす練習だとかを延々と1日何時間も。全部で50種類くらいあったと思いますけど、本当に複合的にいろんなメニューをその都度やりました。

リハビリの後はどうされましたか?
2008年の3月から8月までそこでお世話になってたんですけど、まだランニングもできないのに、僕アホみたいにもう一度ドイツに行ったんですよ。日本に帰って来る前に、何もなしで帰って来たら、ドイツで復帰できへんと思ったから。また同じようにDVD持って、ドイツのほかのチームに、手当たり次第行ってたんですよ。「今けがしたけど、また復帰したい」って言って。

もうレベルなんてどこでもいいから、とにかくハンドがやりたいっていうのを話したら、ドイツの5部ぐらいのチームから、「ジュニアのコーチをしながら復帰を目指して、けがの状態が良くなったら選手に復帰しないか?」という感じの話が来て。

「走れもせえへんくせに」って大西さんに呆れられたんですけど、結局行ったんです。ただ、リーマン・ショックのあおりなのか、3ヵ月の間に滞在ビザが取れなくて、チームとの契約はしたんですけど、3ヵ月以上いると不法滞在になるんってことで、やむを得ず2008年の11月に日本に帰って来ました。そこからは日本リーグの全チームにまた手紙書いて、なんとか復帰したいんやっていう話で。そこからはもうずっと日本にいましたね。

そのセールス・プロモーションと言うか、営業活動はすごいと思います。
そういったやり方はご自身で考えられたのでしょうか。それとも、そういうことをされてる方がほかにいらしたのですか。
いや、自分でです。そうする以外になかったっていうだけのことなんですけどね。代理人もいないですし、リハビリだって、僕が頑張らない限り、歩けるようにも、ハンドできるようにもならないし。僕が自分でチーム探さないことには誰も見つけてくれない、ただのけが人なんで。だから、自分で、必死になって動いていました。

今だったらちゃんと代理人を探して、ビザを取ったり、契約の内容をまとめたりは専門家に任せて、自分がよりプレーに集中・専念できるようにすると思います。ただ、それは今だから分かることであって、自分でやったからこそ、行動できる力みたいなものが養われたように思いますね。



ミニキャンプ

[ 日々 ]

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三連休の二日目、三日目はブルーサンダーミニ合宿でした。両日とも2部練習、合計4回の実戦練習を行う事ができました。

OBの落合&高田、そして同じ北信越で頑張っている新潟のみんなが駆けつけてくれて、普段なかなか揃って練習ができない僕たちに力をかしてくれました。

来週末の湧永戦に向けて、準備を進めています。今の環境、今のメンバーで出来る事を突き詰めて、チャレンジしたいと思います。

まずは接戦に持ち込む事、そして今度こそ、勝利を。

試合の無い三連休やのに思う存分ハンドボールやらせてくれた家族、ミニキャンプに足を運んでくれるOBさん達、協力してくれた新潟のみんな、ほんまにありがとう。

そうそう、ミニキャンプを終えると滋賀医大ハンド部から嬉しい知らせが届きました。

今日の試合の勝利で、関西学生秋季リーグ4部での優勝が決まったみたいです。

これで春季リーグは3部、一つ上のステージに挑戦できます。

目標はまだまだ先、これに満足せずにみんなで頑張っていこう。(けど、おめでとう!!!)

さて、ハンド三昧の三連休の最後の仕事、今から福井大学医学部のコーチに行ってきます!!!



滋賀医科大コーチ 〜わくわく初心者革命〜

[ ハンドボールスクール滋賀医科大学コーチ ]

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昨日は滋賀医科大学ハンド部のコーチでした。13時からはグランドで、17時からは体育館で2部練習でした。

夏の西医体で3連覇を逃し、無念の4位となった悔しさをバネにして現在、関西リーグ秋季学生リーグ4部を戦っています。

ここまで4戦全勝、次戦に勝てば4部優勝&3部昇格が決まるところまできています。

リーグ戦真っ最中ではありますが、事前に新キャプテンのワクとも話をして、秋学連以降の練習環境(しばらく体育館が使えなくなります。)を考えて、グランドやゴールが無い状態でも出来るメニューをメインにトレーニングしました。

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普段は体育館で練習してる彼らには、殆ど経験したことのないグランドでの練習、これからに備えて自分達でコート作りから行いました。

みんなで草を刈って、ラインをひいて、手作りのハンドボールコートです。

6年生のヒデオが引退して5年生以下12名とうとう全員が初心者になりました。

約2ヶ月ぶりに彼らを見ましたが、「わくわく初心者革命」を合言葉に、学連では2部昇格、西医体優勝を目指して頑張っている様子が伝わってきました。

何よりも、純粋に楽しそうでした。(それが一番やしね。)

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僕はと言えば、今日、明日と自チームのミニキャンプです。

来週末の湧永戦、再来週末の合成戦に向けて仕上げていきます。

「明日からミニキャンプや」と言う話をしたら元気印のけんたろーが大声でエールを送ってくれました。

ただ残念ながら、その大声は写真には写りませんし、見えませんでした。

なので感じ取ってもらいましょう。けんたろーありがとう。



ユメ先生 @泉小学校

[ ユメ先生 ]

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愛知県田原市でのユメ先生を無事終えました。今回は泉小学校の子供達に会ってきました。

夢の授業の前には、運動の時間があります。

鬼ごっこをやった後に、アシスタントのホッシーからこんな声が

「みんなルールを覚えてる???」

「白いラインの中から出ないようにねって覚えてる???」

「この中に白いラインから出て逃げた人がいるよーー。」

子供達もそれはあかんやろ的な表情。

「その人はなんとクッシーです!!!」

クッシー先生苦笑い、そのルールを完全に忘れていた。

逃げる事に夢中になりすぎて…

「ごめん。みんな。忘れてました。」

「ユメ先生でも間違う時あんねん。その時は言い訳せずに。素直に謝る!!!がははははっ。」

子供達。爆笑。

(何とか切り抜けた???結構ヒヤヒヤしたぜ。)

しかし、田原の子供達はホンマに元気良かったな。

「服のデザイナーになる」とみんなの前で言い切った子も、まだ夢を持ててない子も、しっかりと自分と本気で向き合ってくれていました。

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宿泊先から見える浜辺に祝東京五輪の文字が!!!

この文字はヤシの実でできているそうです。

海の向こうは、三重県の鳥羽や伊勢やって。



アズマイズム界隈

[ 日々 ]

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先日、楽しい出会いがありました。

ハンドボールの東さんシンクロの石黒さん、サッカーの今井さん、ジローさん。

ハンドボールの東さんは僕より2歳上、元日本代表のキャプテン、そして現日本ハンドボールリーグ機構初代マーケティング部長です。肩書きを観ると凄いですが、ほんまに気さくで、僕がドイツで怪我した時は、日本から食料や本を送ってくれたり、ユメ先生の道を整えてくれたりと、チームが一緒になったことは無いのにいつも気にかけてくれています。(これくらい、ヨイショしとけばええか。)

普段は酔っぱらったときだけ「また、俺の悪口言うてるやろ。」と意味不明な電話がかかっています。

この前も豊田合成の吉村コーチと一緒だったらしく、例の感じでアズマイズム電話がかかってきました…。

東さん以外はみんな初対面でしたが、スポーツの事、ユメ先生の事、東京五輪の事、子供達の事などなど笑いあり、真剣な話ありの楽しい時間でした。

ジローさんは東京国体の広島戦に、お子さんを連れて応援に駆けつけてくれました。

試合中にその事に気づき、試合中も目が合ったり、声が聞こえてきたりと、やっぱり応援って凄く力になります。

石黒さんもゆるゆる幹事&お見送りありがとうございました!!!

久しぶりのアズマイズム界隈はやっぱり面白かったです。



中部大学にて

[ 日々 ]

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火、水と普段練習している北電体育館がワックス掛けで使えないので、田原市でのユメ先生を終えてその足で母校の中部大で一汗かいてきました。

大学4年間は勿論、ケガをしてリハビリの毎日だった時、オフシーズンのトレーニングなど、何回ここで練習したのかわかりませんな。ある意味僕の原点です。

後輩達は秋季東海リーグの真最中で、ここからが勝負所みたい。本気になって頑張って欲しいね。

みんな頑張ってな!!!



ユメ先生 @一ノ瀬・牧田小学校

[ ユメ先生 ]

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少し前の話ですが、9月30日に岐阜県大垣市でユメ先生をさせて頂きました。

一之瀬小学校と牧田小学校の2校合同でのユメ先生でした。

今回もミスターフットサルの木暮さんがアシスタントをして下さいました。

グレさんとは2度目です。グレさん、ありがとうございました!!!

大垣の子供達も元気いっぱいでした。

ユメ先生は基本的に3人体制で小学校に向かいます。

ユメ先生、アシスタント、そしてディレクターの3人です。

今回で言えば、ユメ先生は僕。

運動の時間をリードしてくれるアシスタントはグレさん。

当日の最終打合せや、事前打合せなどなどユメ先生と子供達の橋渡し役といってもいいディレクターさん。

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今回のユメ先生がディレクターデビュー戦だったルーキーの下田さん。

事前の連絡や当日の進行など、きめ細やかな対応で本当に良くしてくださいました。

「緊張します。」が口癖でした。

こうした方に支えてもらってユメ先生をさせてもらっています。

下田さんありがとうございました。

下田さんが去年の岐阜国体のゆるキャラの中に入っていた事は、内緒です。



東京国体 〜ベスト4ならず〜

[ 2013/2014 シーズン(北陸電力BT) ]

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東京国体から福井に戻りました。

初戦は開催地でもある東京都との一戦でした。

序盤は東京都の左腕シューターに苦しめられましたが、後半の立ち上がりに東京を突き放して準々決勝進出を決めました。

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【東京国体フルマッチ動画 福井x東京】

翌日、広島(湧永製薬)と福井県成年男子としては初のベスト4をかけて準々決勝に臨みました。

狙い通りに攻撃回数を落として、ローテンポな試合展開に持ち込みました。

GKの川添&有江のがんばりもあり、前半は10-9の1点リードでハーフタイムを迎えました。

後半立ち上がり、この時間帯が全てだったのかもしれません。

不運な連続退場も重なり、後半7分までに広島に6連続得点を許してしまい10-15と一気に5点ビハインド。

ここから追いかける展開になり、4点〜5点差を保ちながら時間だけが経過していきます。

攻撃では切越&池上を投入、早いパス回しからシュートチャンスを作り出し、いつもは停滞してしまう時間帯を全員で食らいついていきました。

最後はGK川添も加えて捨て身の7人攻撃も駆使して、得点を狙いました。

後半の最終局面、3:2:1DFから更にラインを上げて広島にプレスをかけました。それでも後半立ち上がりに逆転を許してからは、追いつく事ができませんでした。

結果は23−25の2点差での敗北。ここで僕らの東京国体は終わりました。今回もベスト4への壁は厚かった。

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【東京国体フルマッチ動画 福井x広島】

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目標のベスト4以上は届かず、残念で仕方ありませんが、今回の東京国体は本当に多くの方に応援して頂きました。

試合会場はもちろんですが、ユーストリームを観てくださったり、FBからメッセージが届いたり、メールが届いたり、本当に嬉しかったし力になりました。

普段ハンドボールを観る機会のない関東近辺の方に大会前から声をかけていたこともあってか、多くの方が会場に足を運んでくださいました。

「あんなに激しいスポーツだとは思わなかったよ。また観たいよ。」

「広島戦、本当に惜しかったね。僕らも悔しかったよ。」

「応援している小学生が、福井のマルコメっていったけど、あれは絶対にクッシーの事だなって思って笑うの堪えて聞いてたよ。」

最後の感想はさておき、こういう感想を頂けるのは本当に嬉しいです。

トライマックス(所属先)の仲間も応援に駆けつけてくれて、本当に嬉しかったです。(泉さん、鈴木さん、神山さん本当に有り難うございました。)